鳴きすぎるからといって「炭坑のカナリア」を絞め殺してよいのか—- 群馬大 ・早川由起夫 教授筆禍事件の背景にあるもの
12月 9th, 2011 | Posted by in 3 隠蔽・情報操作と圧力 | 5 オピニオン真相究明 堀田伸永オフィシャルサイト 2011.12.9
12月7日、国立大学法人群馬大学の高田邦昭学長名義で、日頃から福島第一原発事故由来の放射性物質による農作物や環境の汚染に関し、Twitterやブログ等で警告を発してきた同大学教育学部の早川由紀夫教授に対して、「訓告(画像)」の処分が執行された。理由は、早川教授のTwitterの書き込みの中に「福島県の被災者や農家の人々に対する配慮を著しく欠く、不適切と言わざるを得ない発言が見られた」「運営に要する経費の大部分を国費によって賄われている国立大学の教員として不適切な発言と言わざるを得ず、『本学の名誉若しくは信用を失墜する行為』を禁止する就業規則に抵触している」からだそうだ。
他大学の教官や大学運営の当局に対する萎縮効果、見せしめとして波及する
ネット上では、「早川教授も暴言が過ぎた」等の指摘もあるが、これは単に早川教授の個人的な行為に対する「処分」として受け止めるわけにはいかない。
「訓告(画像)」にある、「運営に要する経費の大部分を国費によって賄われている国立大学の教員として不適切な発言」という論法は、同大学だけでなく、政府や自治体から交付される運営費交付金を受けて運営されている他の国立・公立の大学法人の教官にも大いに関係してくる。そればかりか、国からの助成金を受けて運営されている私立大学の教官や大学運営の当局に対する萎縮効果、見せしめとして、波及するものだ。
◀早川教授らが作成し、反響を呼んだ東日本の汚染地図。
▲早川教授の汚染地図を掲げて質問する阿部知子衆議院議員(社民党)2011年7月20日 衆議院予算委員会
▲同じく、早川教授の汚染地図を掲げて質問する志位和夫衆議院議員(日本共産党党委員長)2011年9月27日 衆議院予算委員会
何が「本学の名誉・信用を失墜する」ほどの「不適切発言」なのか「例証」がない
「訓告(画像)」の文面を読むと、「本学の名誉もしくは信用を失墜する行為」や「本学の秩序及び規律を乱す行為」にあたる不適切な発言が何であるか、具体的な例証がない。
また、ネットで指摘されているような暴言がTwitter上にあり、新聞記事で報道されているような「福島県内の毎時2マイクロシーベルト以上の水田で稲を育てている農家は撃つべきである」「セシウムまみれの干し草を与えて毒牛をつくる行為も、セシウムまみれの水田で毒米をつくる行為も、サリンを作ったオウム信者と同じ」(河北新報2011年12月8日)といった行き過ぎた表現のTwitterの書き込みがあったとしても、それが「本学の名誉もしくは信用を失墜する行為」や「本学の秩序及び規律を乱す行為」と直ちに認定されるものか、疑問も残る。
今後、行き過ぎた表現抜きでも批判し続けるとさらに重い処分があるのか
「訓告(画像)」の末尾には、「なお、今後、不適切な発言が繰り返される場合は、懲戒処分を含む厳正な対応をとらざるを得ないこととなるので申し添えておく。」とある。
このある種の恫喝ともいえる一文から心配されることは、今後、これまでの「撃つ」「オウム信者と同じ」等の行き過ぎた表現抜きで、早川教授が放射能汚染やそれを許容する国・自治体、それに追随する住民等を批判し続けた場合でも、さらに重い処分があるのかということだ。
早川教授自身も、さすがに行き過ぎた表現があったことを認めているため、今後、「オウム信者」「撃つ」等の言葉は使わないと考えられる。
早川教授の放射能汚染への警告を続ける決意は固い。
IWJ代表でジャーナリストの岩上安身氏による12月8日のUSTREAMの会見映像によれば、早川教授にとって、ちょうど20年前の1991年6月3日の雲仙普賢岳の火砕流(報道関係者16名、火山学者ら4名、 警戒中の消防団員12名ら死者行方不明者43名と9名の負傷者を出す大惨事。雲仙普賢岳の災害は、ジャーナリストの江川紹子氏も取材し、「大火砕流に消ゆ—雲仙普賢岳・報道陣20名の死が遺したもの」 (新風舎文庫)という一冊の本にまとめている。)で、友人を失ったことへの後悔が、警告すべきことを警告せずに人命を失ってしまうことへの強い抵抗感に繋がっているのだという。火山学者である早川教授は、20年前、友人が普賢岳にいったことを知り、止めようとしたが、周囲がなだめたため、警告を中止したという。友人は翌日亡くなったと早川教授はいう。
早川教授が、今後も放射能汚染への警告を続けた場合、当局がちらつかせている「懲戒処分を含む厳正な対応」とは、「国立大学法人群馬大学教職員就業規則」の「第9章懲戒等」にあげられている以下の処分のいずれかだ。
「国立大学法人群馬大学教職員就業規則 第9章懲戒等」
(懲戒)
第44条教職員が次の各号のいずれかに該当する場合は,懲戒処分を行う。
(1) 職務上の義務に違反し,又は職務を怠った場合
(2) 故意又は重大な過失により本学に損害を与えた場合
(3) 刑法上の犯罪に該当する行為があった場合(4) 本学の名誉又は信用を失墜させる行為があった場合
(5) 性行不良で本学内の秩序又は風紀を乱した場合
(6) 重大な経歴詐称をした場合
(7) 正当な理由なく無断欠勤した場合
(8) 正当な理由なくしばしば遅刻,早退等の勤務不良があった場合
(9) この規則その他本学の定める諸規程に違反した場合(懲戒の種類)
第45条懲戒の種類は次のとおりとする。
(1) 懲戒解雇即時に解雇する。
(2) 諭旨解雇退職願の提出を勧告して解雇する。ただし,勧告に応じない場合は,懲戒解雇する。
(3) 停職1年以下の期間を定めて職務に従事させない。
(4) 減給給与を減ずる。この場合において,1回の額が労基法第12条に規定する平均賃金の1日分の半額を超え,また,その総額が一給与支払期間における給与の総額の10分の1を超えないものとする。(5) 戒告将来を戒める。
2 教職員の懲戒については,国立大学法人群馬大学教職員懲戒規則の定めるところによる。
(訓告等)
第46条非違の行為を犯した教職員又はその監督者で懲戒に該当するにいたらないものに対して,注意を喚起し,訓告,厳重注意又は注意を行うことができる。
(損害賠償)
第47条教職員が故意又は重大な過失によって本学に損害を与えた場合は,その損害の全部又は一部を賠償させるものとする。
今回の「訓告(画像)」は「懲戒に該当するにいたらないもの」として、行われた。実は、「就業規則」とは別に定められている「国立大学法人群馬大学教員の就業の特例に関する規則」には、「大学教員は,評議会の審査の結果によるのでなければ懲戒処分を受けることはない。」という規定がある。
訓告は、評議会の審査を経ることなく、学長の一存だけで簡単に実施できる処分なのだ。
いくら当局が「今後、不適切な発言が繰り返される場合は、懲戒処分を含む厳正な対応をとらざるを得ない」と脅しても、すでにネットで嘆願書の呼びかけが行われ、全国の大学教職員組合等からの支援の輪が広がる展開になりつつある状況では、評議会の審査で具体的な「不適切な発言」の事例審査を抜きに、強圧的な処分を執行することは不可能だろう。
2004年12月17日には、群馬大でセクハラ行為をしていた同大学工学部の教授が懲戒解雇処分を受けている。この時も、きちんと「不適切な行為」の事例を集め、評議会等のしかるべき機関で厳正な審査を行ったものと思われる。
▲1933年のナチスによる焚書
外圧と大学自治、「学問・表現の自由」
早川教授の事件は、Twitter上のこととはいえ、いわば「筆禍事件」と私は考えている。
私が、早川教授筆禍事件から想起したのは、以下のような、戦前における、6つの筆禍大学追放事件だ。
- 【久米邦武事件】1891年、雑誌論文筆禍事件を機に久米が帝国大学教授を休職に追い込まれる。
- 【森戸事件】1920年、東京帝国大学経済学部助教授森戸辰男の「経済学研究」掲載論文を政府が問題視し、休職処分を発令。
- 【滝川事件】1933年、京都大学法学部教授滝川幸辰の刑法学説が批判され、免官となる。
- 【天皇機関説事件】1935年、東京大学教授美濃部達吉の天皇機関説が批判され不敬罪で告訴される。
- 【矢内原事件】1937年、東京大学教授矢内原忠雄が植民地政策批判の言論をにらまれ、大学を追放される。
- 【河合事件】1939年、東京大学教授河合栄次郎が、大学総長官選論や軍部批判。免官となる。
このコラムを書き始めた12月8日が太平洋戦争の開戦記念日だったからかもしれない。今日の出来事をすぐに戦前の帝国憲法下の事件と結びつけるのはよくないという意見も間違いではないだろう。
しかし、想起した、これらのほとんどすべての教授追放事件が大学の外側の政府の干渉や右派団体等の抗議など、いわば「外圧」から始まっている。
「訓告(画像)」によれば、「平成23年9月8日以降においても」早川教授の発言に対する「苦情が本学、文部科学省、国立大学協会に寄せられた」とある。11月7日には教育学部長から「このような状況を踏まえ」た注意が早川教授本人に対して行われたという。
つまり、今回の早川教授筆禍事件も、大学外部からの「外圧」に背中を押されるかたちで現在進行中の事件なのだ。現在流行りの「公務員」バッシング、「教育者バッシング」の流れは、国立大学法人の「みなし公務員」である教官にも向けられているだろう。今後のバッシング等の「外圧」の展開次第では、さらに、重い懲戒処分に発展する可能性もある。
この「外圧」に押し負けて、慎重な審議もなしに軽々に重い処分を下し、「外圧」の沈静化を図ろうとするならば、大学自治を放棄したといわれてもしかたがないだろう。産学官の原発利益共同体への批判が高まり、その是正を求める国民の要求や原発維持勢力の反転攻勢が互いに鬩ぎあうなかで、大学が学者・研究者の批判的な学問や言論、表現の自由を擁護しなければ、大学の教育研究機関としての自律性や自主性を維持することはできなくなるだろう。
▲自己防衛のためにだけ「国立大学法人という独立した存在」という当局者
トンデモなら叩いてよいのか
ネット上では早川教授は「トンデモ」だから叩かれて当然等という意見もある。トンデモかどうかの判定の基準は誰が決めるのだろう。「リサイクルなんて無駄」等といったりする、中京大学の武田邦彦教授を「トンデモ」という人もいる。
「教育者としてあのような暴言はいかがなものか」という人もいる。実は、私も、大阪府と大阪市の将来構想に関わっている大学の教育者の方とTwitterでやりとりをしたことがある。
対話した大学教官の方のツイートを見ると、「どいつもこいつも」「アホ公務員ばっかし。」「民主党、また、あほまるだしのコメントやんけ!」等の多少下品で、およそ教育者とは思えない言辞も散見される。しかし、全国には、この方に負けず劣らず下品な大学教官は大勢いる。
3月21日には、福島テルサの「放射線と私たちの健康との関係」と題する講演で、現・福島県立医科大学副学長の山下俊一氏が発言した内容は、多くの人々の記憶に新しい。
「これから福島という名前は世界じゅうに知れ渡ります。福島、福島、福島、何でも福島。これはすごいですよ。もう広島と長崎は負けた。福島の名前の方が世界に冠たる響きを持ちます。ピンチはチャンス、最大のチャンスです。何もしないのに福島、有名になっちゃったぞ。これを使わない手はない」「放射線の影響は、実はにこにこ笑っている人には来ません。くよくよしている人に来ます。これは明確な動物実験でわかっています。酒飲みの方が、幸か不幸か、放射線の影響、少ないんですね」
これは、USTREAMの音声で記録されており、国会会議録(河井克行衆院議員による紹介)にも残っている。
早川教授は、よく鳴きすぎるかもしれないが、炭坑では優秀なカナリアである。炭坑夫たちが気づかないうちに、ガスのために何も鳴かずに死んでいくカナリアではない。
死ぬ前によく鳴いて警告してくれるカナリアが鳴きすぎるからといって、カナリアをうるさいと絞め殺してしまっていいのか。
群馬といえば、ドイツ滞在中にナチスの台頭に出会い、急いで帰国した竹久夢二や、同じくナチスを逃れて日本に来た建築家のブルーノ・タウトのゆかりの地だ。古くは秩父困民党という庶民の権力への抵抗運動が芽生えた土地柄だ。むしろ、この事件を機に、自由な批判的学問の聖地として全国の学問と言論の自由を守る人々の運動の中心地になることを望みたい。
真相究明 堀田伸永オフィシャルサイト
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