毎日新聞 8月31日 <sui-setsu>
ノーベル賞経済学者のクルーグマン・プリンストン大教授が米CNNテレビの討論番組で面白いことを言っていた。
「宇宙人が地球攻撃を計画していることが分かり、巨額の財政支出をすることになったとしよう。そんなとき、インフレ懸念や財政赤字なんてかまっていられないよね。その結果(景気刺激で)不況は1年半で終わってしまう。宇宙人は? ああ、あれは間違いだった、なんてね」
「むかし、トワイライトゾーンというサイエンスフィクション番組でこういうのがあった。地球に平和をもたらすため、科学者が偽のエイリアン襲来を仕立てるんだ」
クルーグマン教授は、米国債には累増懸念が強いが、市場にはまだ消化余地があると見ているようだ。先日の米国債の格下げにもかかわらず、世界の余剰マネーは「安全資産」の米国債に向かったのがなによりの証拠という。
住宅バブル崩壊以来、沈滞する米経済の復活には時間がかかる。その間は財政支出を増やし金融緩和を続けるほかないのだと主張する。
対して、こちらも有名なロゴフ・ハーバード大教授は市場が不安定になっていることに強い懸念を示し、財政改革を進めないと、もうもたないと反論していた。
新政権をまかされることになった民主党の野田佳彦氏は「財務省寄り」の評がつきまとっている。財務相だったのだから当然と言えば当然だが財政規律を重視する。先の米テレビの論戦で言えばロゴフ教授の陣営である。
民主党代表選で決選投票を争った海江田万里氏は、財政の論理を優先していたのでは大震災の復興はできない。この際、四の五の言わずに財政出動すべし、という主張であった。クルーグマン派というべきであろう。
大震災からさほど月日を経ていない時期であれば、政府の震災復興資金の調達は国債であれ税金であれ、何十兆円規模で可能だったと思う。いまはもう、そのモーメンタムが失われた。誰の責任とはいわないが、惜しい時間を空費したものである。
つまり、大震災の非常時であれば、クルーグマン教授のいう「宇宙人の来襲仮説」が日本でも成立したと思う。あの津波の映像の衝撃。だれだって理屈をこえてカネを出そうと思う。
それは政府に対する市場の信認を強めこそすれ弱めることはなかっただろう。あえていえば、国債の格下げ回避にもつながっただろう。国債格下げの最大の理由は、政治の機能マヒだったのだから。
宇宙人は遠くに去ってしまった。(専門編集委員)
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