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炉心はどこへいった?――意味なく「周辺温度」を発表する東電「空蝉情報」の怪

10月 10th, 2011 | Posted by nanohana in 3 官僚 | 3 東電 電力会社 原子力産業 | 3 隠蔽・情報操作と圧力 | 4 福島第一原発の状態

新潮社Foresight 2011/10/07
塩谷喜雄 Shioya Yoshio 科学ジャーナリスト

圧力容器も格納容器ももぬけの殻?(c)時事

東京電力によると、福島第一原発では9月末にすべての原子炉で周辺温度が摂氏100度以下になったという。懸命の循環冷却が功を奏して、冷温停止に一歩近づいたと言いたいらしい。残念ながらこれもまた、3.11以来続く情報操作、でたらめではないがたちの悪い「無意味情報」の垂れ流しである。
原子炉の「炉心」である核燃料の巨大な集合体はメルトダウンし、所在位置もどんな状態にあるかも確認できていない。東電の言う周辺温度とは一体どこの周辺なのか。圧力容器も格納容器も炉心が存在しないもぬけの殻だとすれば、その周辺温度が100度以下になったことに何の意味があるのだろう。樹上で鳴く蝉の合唱に耳をふさぎ、空っぽの抜け殻(空蝉=うつせみ)だけを見て、蝉はもはやこの世にいないと言い張るようなものではないか。東電と経済産業省が語る「原子物語」は、全帖これ「空蝉」ばかりである。

「メルトアウト」の可能性も

周辺温度100度以下の発表を聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、「千の風になって」(作曲・訳詞 新井満)の歌詞の一部だった。廃炉以外の選択肢がない福島第一原発は、5、6号機も含めて原子炉の墓になる。そのお墓の中に炉心はちゃんと存在しているのだろうか。
メルトダウンした核燃料は、圧力容器や格納容器を突き抜けて、原子炉建屋の床すら突破しているかもしれないと、多くの専門家は心配している。メルトスルーから、メルトアウトへと続く、世界の原発事故史上最悪のシナリオが、現実的なリスクとして論じられているのである。
それなのに、というよりそれゆえに、東電も経産省も、炉心・核燃料集合体の所在と挙動については、これまでほとんど口にしていない。福島第一原発事故の今後を左右する最も重要な、肝心要の情報なのだが、国民には一切知らされていない。
代わりに出してくるのは、どうでもいい話がほとんどだ。それも意味ありげに厚化粧を施してあるので、情報としての質は低い。もう中身は抜けているかもしれない空蝉のごとき抜け殻(格納容器)の周辺温度を測って、循環冷却が奏功しているという印象をふりまいた9月末の発表は、その典型である。
格納容器の周辺温度が下がったのは、崩壊熱を出し続けて熱源となる核燃料が地下にメルトスルーして、格納容器から遠ざかったためということも十分に考えられるではないか。

今頃動き出した「遮水壁」工事

9月に福島県を取材した時、漁業関係者から気になる話を聞いた。「なんで今頃になって」と、何人もが首をかしげた出来事がある。福島第一原発で9月に入ってから本格的な準備を始め、来年1月までの着工をめざすという、汚染地下水が海に入らないように海岸線に築く「遮水壁」についてである。事故以来、汚染水を海に散々垂れ流してきた東電が、事故後半年も過ぎてから地下水の海への流入を止めにかかったのが解せないというのである。
メルトスルーが現実味を増し、炉心の核燃料によるこれまでとは比べ物にならない深刻な地下水汚染、海洋汚染の可能性が出てきて、東電とゼネコンが遮水壁を作り始めた、という懸念を持つ漁協幹部もいる。
確かに、東電は冷却で発生する汚染水を貯留するため、4月4日には、事故前から福島第一のプールに貯めていた低レベル汚染水1万1千トンを、一気に海に放流している。世界につながる海への意図的な放射性物質の放出は、明らかに国際ルールに反している。
それを平気で実行した東電、やすやすと容認した経産省と原子力安全委員会は、国際社会から批判された。今後、海外から厳しい賠償請求を受けることも予想される。「風評加害者」たる東電は、ついこの間まで、汚染者責任など歯牙にもかけていなかった。その東電の急な、遅ればせの方針転換をいぶかる声が上がるのは当然だろう。

地下水に関する土木技術は、日本企業のお手の物である。ダム堰堤(えんてい)の底部は、セメントミルクなどを注入した分厚く深い止水壁が地下に作られている。このグラウト工法など、地下水脈をコントロールする技術を、ゼネコンは持っている。事故直後から、すぐに取りかかるべき工事が、なぜ半年も遅れたか。
炉心の行方が何も情報公開されていないだけに、工事の遅れさえ揣摩臆測を呼ぶことになる。炉心=広島型原爆の数千個分に相当する膨大な放射性物質を含む核燃料は、人間の管理が及ぶ範囲に今も今後も安定的に存在しているのか。国会でも、マスメディアでも、ネットでも、「炉心はどこに行ったの」の大合唱が起こらないのが不思議である。

真相解明を拒むかのような「黒塗り文書」

中身が空っぽの抜け殻情報という意味では、衆院の科学技術・イノベーション推進特別委員会に東電が提出した原発の事故対応マニュアルがもっと露骨かもしれない。
最初に提出された事故時運転操作手順書は大部分が、その後に一時的に開示されたシビアアクシデント・マニュアルは9割以上が黒く塗りつぶされた、空っぽ文書だった。
川内博史委員長も、これには驚いたようだ。これらの文書は突き返されたが、再提出される予定の文書も、シビアアクシデント・マニュアルを9割非公開とするよう東電が要請しているという。経産省の原子力安全・保安院に対して、東電はその理由を知的財産権にかかわる問題だと説明しているらしい。
8万人以上に理不尽な避難生活を強いておきながら、また「風評加害」の張本人の責任企業でありながら、東京電力は真相解明への協力を拒んでいるように見える。文明国、民主主義国家の理非をわきまえた大企業とは、とても思えない振る舞いではないか。
知的財産権などという言葉を使えば、世間が納得すると思っているとしたら、とんだ勘違いといえる。東電自身の持つ知的財産にかかわることなら、委員会に公開することでその権益を損なうリスクを、事故を起こした責任企業である東電が自ら負うのはごく当たり前のことだろう。公開を拒む理由になどなるはずがない。
関係する知的財産が他の企業や個人のもので、その公開が使用契約上の違反行為になるのであれば、その違約金や損害賠償は東電が支払うことになる。日本政府の正式な要請であれば、かなり減額される可能性もあるが、そんな金額の問題で、真相解明への協力を拒んでいいはずはない。

民主主義と統治システム崩壊の危機

東電と経産省は、福島の原発事故はもっぱら地震と津波のせいで、自分たちには責任がないと、本気で思い込んでいるフシがある。黒く塗りつぶされた空っぽの提出文書がそれを雄弁に物語っている。
原子力ムラが核不拡散などを盾に、情報公開を拒んで連発する黒塗りの抜け殻文書、人呼んで「ムラ忍法空蝉の術」も、今回は逆効果だったのかもしれない。
もしこのまま、科学技術・イノベーション推進特別委員会にまともな文書が提出されなければ、日本の民主主義と統治システムは崩壊の危機に直面することになる。

新潮社Foresight

 

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