地球と7代先のこどもたちを元気にしてゆく情報発信サイト
Header

20XX年、TPP参加であなたの医療が削られる 有名無実化した国民皆保険の未来予想図

1月 16th, 2012 | Posted by nanohana in 7 TPP

ダイヤモンド・オンライン

【第20回】 2012年1月16日 早川幸子 [フリーライター]

20XX年4月、激しい腹痛に襲われたAさんは、かかりつけクリニックで紹介されたがん拠点病院を受診した。検査の結果は進行性の胃がん。治療方針について話す担当医の言葉に、Aさんは愕然とした。

担当医 「進行しているので、早急に切除したほうがいいでしょう。医学的には抗がん剤による化学治療も勧めたいのですが、健康保険が高価な抗がん剤の使用を認めてくれるかどうか……」

Aさん 「抗がん剤は、健康保険がきかないのですか?」

担当医 「以前は、健康保険で必要な治療は誰でも差別なく受けられたんですよ。でも、数年前、日本もTPPに参加したでしょう。あれがきっかけになって、健康保険の審査業務にアメリカの保険会社が参入してきたんです。彼らは経済原理ですべてを判断するから、医師が必要な治療だと言っても高価な抗がん剤治療の使用はなかなか認めてくれなくてね。まったく、政府もバカな判断をしたものです。とりあえず、彼らがなんというか問い合わせてみましょう」

そういうと、担当医はAさんの健康保険の審査をしているB社に電話をかけた。担当医は、Aさんには手術に加えて抗がん剤治療が必要なことを訴えたが、B社の査定員の答えは非情なものだった。

査定員 「治療実績から判断して、Aさんのような進行性のがんに抗がん剤使用は許可できません。お支払いできるのは切除術に関する費用のみです」

査定員は事務的にそう言うと電話を切った。担当医は肩を落とし、Aさんにこう切り出した。

担当医 「やはり健康保険では抗がん剤治療は認められませんでした。抗がん剤治療を希望されるなら全額自費になりますが、どうされますか?」

日本がTPPに参加したことが、自分の病気にこんなふうに降りかかってくるとは……。零細企業に勤めるAさんに、全額自費の抗がん剤治療を受ける経済的な余裕はない。Aさんは担当医の問いかけに力なく首を横に振った――。

このシナリオは、日本が「TPP(環太平洋経済連携協定)」に参加したあとに訪れる日本の医療の姿を、筆者が予測した近未来予想図だ。

TPPというと、関税撤廃による農業や工業への影響ばかりが取り上げられるが、医療をはじめ私たちの暮らしを根底から変える危険がある貿易交渉だ ということはあまり知られていない。もしも政府がTPPの参加に舵を切ったら、日本の医療はどうなるのか。今回はあえて大胆な予測をしてみた。

日本の医療への市場開放要求は
TPP参加で一気に拡大する

TPPは、環太平洋地域の国々が自由に貿易をする枠組みをつくり、経済の活性化を目指すものだという。現在、日本を含めた10ヵ国で交渉が行われているが、そのGDPの規模からして実質的にはアメリカと日本の二国間交渉になると言われている。

そのアメリカが、自国の経済対策のために狙っている新規市場のひとつが日本の医療だ。アメリカによる日本医療への市場開放要求は1990年代から始まっているが、とくにオバマ政権以降はその圧力が強まっている。

たとえば、アメリカの通商代表部(USTR)が2011年3月に公表した『外国貿易障壁報告書』によると、医療分野では保険、医薬品・医療機器、 医療IT、医療サービスといった非関税障壁の撤廃を要求しており、TPPに参加すると日本では次のような問題が起こるという意見が多い。

●薬や医療機器の価格が高騰する
日本の医療費は公定価格制で、薬や医療機器の価格も国が決めている。TPPに参加すると、アメリカはこれらの規制を撤廃し、自由に価格を決められるようにすることを要求してくるため、薬や医療機器の値段が高騰する。

●営利目的の株式会社が病院経営に参入
日本の法律では営利目的の病院経営は制限されており、出資者などへの配当の支払いを禁止している。しかし、TPPによってアメリカの民間企業が病院経 営に参入してくると、株主に支払う配当を確保するために、患者が受けるべき必要な医療を削ったり、売り上げを伸ばすために過剰な検査など行われる。

●混合診療が全面解禁される
国民の健康を守るために、日本では効果と安全性が認められた治療や薬しか健康保険を適用しておらず、健康保険のきく保険診療と評価の定まらない自由診 療を併用する「混合診療」を禁止している。営利目的の株式会社が病院経営に参入すると、治療法や治療費を医療機関が自由に設定できるようにするために混合 診療の全面解禁を要求。その結果、医療の安全性が保てなくなったり、お金持ちしか医療の進歩を享受できなくなる。

つまり、TPPに参加すると医療に市場原理が導入され、国民皆保険が崩壊する恐れが出てくるというわけだ。

ただし、医療者団体の運動や国会での野党議員の追及によって、TPPが日本の医療に深刻な影響を与えることが徐々に国民の目にも明らかになってき ている。政府も「公的医療保険制度はTPP協定交渉の議論の対象になっていない」と説明しており、医療分野は交渉から除外される可能性もある。

また、株式会社による病院経営や混合診療の全面解禁をするためには日本の法律を改正しなければならないので、たとえ日本がTPPに参加したとしても、この点ではそう簡単にアメリカ企業の参入を許すことにはならないだろう。

だからといって、心配の芽がなくなったわけではない。あまり語られていない盲点があり、それが冒頭のシナリオに書いた健康保険の審査業務への外資 系企業の参入だ。TPPに参加してしまうと、ここを突破口に日本の医療がアメリカの保険会社にコントロールされる可能性が出てくるのだ。

審査支払機関への民間企業の参入は
通達1枚でかろうじて阻止されている

アメリカは、高齢者や低所得者を除いて、先進国では唯一公的な医療保険がない国だ。一般の人は、医療を受けるために民間の保険会社と契約している が、医療費を削減するために医師の裁量権を縮小して、治療法、薬の処方、検査に細かい制限を加えてくる保険会社もあり問題となっている。

一方、日本は世界に誇る国民皆保険制度をとっている。保険証1枚あれば全国どこでも医療を受けられ、治療に必要な検査、手術などの医療行為そのも のが健康保険から給付される。その給付には「この人はいくらまでしか医療費を使ってはいけない」などという制限はない。医師が必要だと判断すれば、移植手 術だろうと、放射線治療だろうと、健康保険が適用されるものなら、どんなに価格の高い治療でも上限なしで受けることができる。

とはいえ、医療機関の言いなりに医療費が支払われているわけではない。

医療機関は、かかった医療費の7割(70歳未満の場合)を、医療費の審査などを行う専門機関(審査支払機関)を通じて、患者が加入する健康保険に 請求する。この時、審査支払機関は、病院や診療所で行われた治療が妥当かどうか、請求された金額に間違いがないかなどをチェックした上で、それぞれの健康 保険に医療費を請求している。

医療費の審査は医学的な判断も必要で、単に安ければいいというものではない。公共性の高い事業なので、これまでは国が管理する特殊法人に一任され ていた。会社員の医療費の審査は「社会保険診療報酬支払基金(支払基金)」という審査機関に任されてきたが、業務を独占しているため「審査が甘いのではな いか」「手数料が高い」といった批判が出され、特殊法人改革の一環として2003年12月に特別民間法人に移行した。

この民営化に伴い、健康保険の審査は必ずしも「支払基金」に頼む必要はなくなった。健康保険自らが審査をしたり、支払基金以外の民間業者に審査業 務を委託することが認められることになったのだ。つまり、アメリカの保険会社でも、この審査支払業務に参入できる下地はできあがっていることになる。

ただし、健康保険が直接審査をしたり、支払基金以外への業者に審査を委託するには、「患者が受診する医療機関の合意を得なければならない」という 厚生労働省の局長通知が出されている。現実問題として健康保険が個別の医療機関に審査の了解を取るのはあまりにも煩雑なため、実際は健康保険による直接審 査はできないのが現状だ(平成14年12月25日 保発第1225001号「健康保険組合における診療報酬の審査及び支払に関する事務の取扱いについ て」)。

逆にいえば、審査支払業務への民間参入は、この厚生労働省の通達1枚でかろうじて留め置かれている状態ともいえる。

ここで日本国内の事情に目を向けてみると、従業員の医療費を削りたい健康保険にとって直接審査は悲願でもある。

政府の規制改革会議の委員だった松井証券代表取締役社長の松井道夫氏は、審査支払業務について、「一片の局長通知があるために、実質的には、全部 支払基金に審査を委託せざるを得ない。要するに、この通知を撤廃するだけで直接審査はできる」と意味深な言葉を残している(平成21年度第5回規制改革会 議終了後記者会見録より)。

その国の社会制度、取引慣行、言語までも
非関税障壁になるISD条項の怖さ

TPP参加国は、投資家が損害賠償請求できるISD条項(投資家対国家間の紛争解決条項)を定める公算が高い。これは、その国の政府が外国企業に 対して不当な差別を行った場合に、企業が国家を訴える手続きについて定めるものだ。貿易に不平等な結果をもたらすと判断されれば、その国独特の社会制度、 取引慣行、言語までもが非関税障壁と拡大解釈されることもあるという。

交渉で医療分野を除外したとしても、このISD条項を利用すれば、日本独特の社会保険制度も「貿易を妨げる障壁」と判断され、高額な損害賠償を要 求されることも否定できない。そして、雪崩の如く訴訟を起こされて、負け続ければ、やがては外国企業の参入を認めざるを得なくなるのではないだろうか。

事実、米韓FTA(自由貿易協定)に合意した韓国では、政府が健康保険の保障を充実させると、アメリカの保険会社から損害賠償請求される可能性が出てきており問題になっているという。

株式会社による病院経営や混合診療の全面解禁は日本の法律を改正しなければ参入できないが、審査支払業務への民間参入は日本でも法的には問題がない。松井氏がうそぶくように、通達1枚撤廃すれば、アメリカの保険会社が日本の医療費の審査業務に参入することも可能なのだ。

営利を目的とするアメリカ流の審査が行われれば、「効果の薄い医薬品の使用を認めない」「赤字を理由に一律3割医療機関への支払いをカットする」 といったことも考えられる。本当に必要な医療でも、経営が優先されれば「不必要」との烙印をおされ、私たちの医療はどんどん削られていくかもしれない。

審査の段階で健康保険の保障を狭めてしまえば、必要な医療を受けるために富裕層を中心に民間の保険に加入する人も増えるかもしれない。その点でもアメリカの保険会社にはビジネスチャンスになるだろう。

TPPに参加したが最後、ふと気がつけば、国民皆保険という「制度」はあっても、健康保険では必要な医療が受けられないという事態になりはしまいか。

今はただ、筆者の描いたシナリオが現実のものとならないことを願うばかりだ。

 

この記事は ダイヤモンド・オンライン

 

You can follow any responses to this entry through the You can leave a response, or trackback.

Leave a Reply

Bad Behavior has blocked 2674 access attempts in the last 7 days.